頭の中の整理のためのブログ

日常で感じるはてなを、自分なりに論理立てる訓練の為の記録

自分の傲慢さについて

広島カープの優勝に感じることがあったのでメモ。

 

f:id:kenjimatsuki:20160911120545j:plain

※写真は朝日新聞DIGITALより。胴上げされている監督の表情が見えて素晴らしい!


僕は中学生まで野球少年だった。

個人的には野球が好きではなかったけど、両親が野球バカで、

小学校3年生から地元のソフトボールチームに入り、それ以降、

「スポーツと言ったら野球だよね」

という暗黙の了解の中で少年期を過ごした。

 

個人的には野球は好きではなかったので、中一から軟式野球になってただの苦痛。

暑い時に炎天下のグラウンドで練習するし、冬はアトピーで手が切れるし、

守備してても一球も飛んでこないこともあるし、

休みの日も朝早くから練習だし、

意味があるか無いかわからんようなウサギ跳びとかやらされて、、、

「何?声出しって。声出したら野球上手くなんの?」

「野球が上手くなるより、テストの点が取れる方が豊かな生活に繋がる。」

と言って憚らず、野球部員をただの盲目的な集団だと評価してた。

 

でも、他にやりたいこともなかったので、野球部をやめることを許されず

中2の夏休みから、所属はするけど、行かない部員になってた。

練習サボることで非難され、練習に言ってもやる気がないことで非難され

やめさせてくれ、って言っても却下され、、で、どないしたらええねん、、と。

 

なので、個人的には、好きでもないのにやらされてた野球に対して

「ボールを投げて、棒で打って、ぐるっと走って、それって何の意味があんの?」

と、思ってたし、今でも思ってる。

※それを言うならほぼすべてのスポーツがそうなんだけど。

 

野球の事が嫌いでは無くて、嫌いを通り越して、関心がない。

その事を考える時間が勿体無い、という感覚。


でも、今回の広島カープの優勝に関係して、

とっても仲のいい友達が家族ぐるみで楽しんでいたり、喜んでたり、

本当に心の底から感動している広島県民の姿を見ると、

「ああ、これって素晴らしいなぁ。。」

と感じることができた。

 

で、ふと思ったのが、


自分にとって価値あるもの、と

他人にとって価値があるもの、は

同じように価値がある、ということ。

 

これまで、自分の頭で考えて合理的でないものや、

その制度って誰得なんですか?的なものについて、

突き詰めたそうあるべき理由や、

分かりやすい実利がないものについては、

その価値を認められない傲慢な自分が大きかったと思う。

 

それこそ、イケハヤ先生のごとく、

「それって本当に意味あります?(意味無いでしょ?ちゃんと考えてないでしょ?)」

という立場だったけど、

 

でも、今回の広島カープ優勝を喜ぶファンのみんなの姿を見て、

自分にとっては価値がなくても、

誰かにとって価値があるのならば、それは価値があることだし、

自分だってその「誰か」の一部だ、ということを感じて、

何て自分は傲慢だったんだろう、いや、今も自分は何て傲慢なんだろう

と思い至ったので記録。

 

これまでの僕なら、広島ファンに優勝したよ!って言われても

「ふーん」か、

「興味ない」か、

「へぇ、それって意味あんの?」と、

答えていたと思うけど、今の僕なら

「(心から)よかったね~!」

と言えると思う。(広島カープファンの方は僕に声をかけてください。笑)

 

広島カープ、優勝おめでとう!!