頭の中の整理のためのブログ

日常で感じるはてなを、自分なりに論理立てる訓練の為の記録

生理的に受け付けないことをやってみた結果の頭の整理

先日、長男の保育園の卒園式があり、その卒園式の後に催される茶話会にて、生理的に受け付けない死ぬほどイヤなことをやってみたのでその振り返りと頭の整理。

 

まず、、
私は保育園の卒園式が仰々しいものになる事に反対です。
保育園は親が働いて忙しいから預けてる施設なので、施設運営の目的は『子供の健全な育成に資する親の負担の軽減』だと思います。
なので、週末に家族に負担をかけて呼び出して、子供の育成に影響が薄い活動を行うことは本末転倒だと思うので、巻き込まれたくないです。


私自身は通っていた幼稚園の卒園式を覚えてませんし、、小学校にも入ってない子供達にとって卒園式は健全な育成に影響しないと思うので、休日に先生達も親も(施設によっては一級下の子供達も)集まる事に合理性を見いだせません。


その前提で卒園式に親や保育者が集まって仰々しい行事をやって、ちょっとした子どもの言葉に感極まって泣いてたりするのは、そもそもの施設運営の目的に反する『親と保育者の感動マスターベーション』に見えます。


なお茶話会とは、卒園式の後にお茶とお菓子を楽しみながら、卒園にあたって最後に保護者と親がまったり話す機会を持つものでした。それも必要ないです。普段から連絡帳や送り迎えで会話してますので。

さらに理解できないのは、茶話会の中で親や先生からの歌のプレゼントやクイズ大会などが企画されていて、ドンドンそもそもの保育園の目的からかけ離れていて、、、

正直なところ企画者の正気を疑うレベルのイベントに見えます。


なので、僕のスタンスは子どもを親と保育者のマスターベーションにつき合わせないで、『卒園式は最後の平日にチャチャッとやっといてほしい』&『休みの日は保育園に行かずに、家族みんなで遊びに行こーぜ』です。


で、僕がどんな死ぬほど嫌なことをやったかというと、その正気を疑う茶話会にて、保護者からの公開マスターベーションとして、恥ずかしげもなく氣志團のワンナイトカーニバルの歌とダンスを再現するという企画でした。

www.youtube.com


妻を中心としたママ達の悪ノリにより、なぜか僕がセンターで歌って踊る事になっており、僕がそういうの死ぬほど嫌いってことを知ってるのに、それを引っ張って来る妻に悪意を感じつつも、
(はて、、、最近、こんなにも本当に嫌な気持ちになったことあったっけな?)
と思い、自分が理解できないことをやってみることで何か気づきがあるかもしれないと期待し、精いっぱい前向きに挑戦してみる事にしました。

 

(なんで、歌とダンスが必要なんだ・・・)

(なんで、ワンナイトカーニバルなんだ・・)

という感情を押し殺して費やした時間と手間は、、

・保護者のキックオフミーティング一回。練習会を二回ほど。それぞれ二、三時間ずつ。ジャンクな飲み食い付き。
・保育園での立ち位置確認・打合せで、休日朝に二時間ほど。
・前日の歌とダンスの練習@カラオケ屋、二時間。
・マイクスタンドのレンタル手配。
・歌詞とダンスを覚えるために動画を買って、見続けること数時間。

で、迎えた本番当日。

出来上がりは、どってことない、おっさんとおばさんのもっちゃりした歌とダンスでした。

 

熱唱する僕。

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悪ノリの張本人(妻)。

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全体でこんな感じ。

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結果、その場は盛り上がったらしいです。こっちは緊張してて必死だったので、ほとんど憶えてないけど。。

 

効果としては、、
・担任の先生はとっても喜んでくれた。
・うちの子供たちも楽しかったらしく、翌日もワンナイトカーニバルを歌ってる。
・保育園に子供を送りに行ったら歌とダンスのおじさんの立ち位置でモテる。
・先生方にも感謝され、上手くもなかった歌とダンスを褒められる。
・翌日、妻がちょっと優しい


で、振り返ると、死ぬほど嫌いなことをやってみたけど、みんなが喜んでくれたのでよかった、、


とは、全くなりませんでした。

 

やる前に期待した『嫌いなことをやってみて気づきがあるか』については、後述しますが、

その日はそんなことを考える余裕もなく、自分の貴重な時間を無駄に消費した上に、生理的に受け付けない本当に死ぬほど嫌いな保護者と保育者の感動マスターベーションに付き合わされた(精神的に強姦された)、、、というのが率直な感想でした。

歌の後は嫌な感情を拭いきれなかったので、言い訳を作って家族を置いて先に自宅に戻り、家にある酒をかたっぱしから飲んで、19時頃には泥酔して就寝しました。(よく寝たので負の感情は翌日には無くなりましたが。)

 


で振り返ると、、

今後、困るのは、今回やったことをきっかけに、周りから「ああいうの好きなノリのいい人」と思われることです。追加で何か依頼が来たらどうしよう。。

最初から、
「嫌いなのでしない。」
と言えばよかったな〜、と思って反省してます。次からそうします。


で、気付いたのは『善意による負のスパイラル』ってこうやって始まるんじゃないかってこと。

例えば、PTAとか保育園の保護者委員、町内会委員とかが近いと感じます。

そもそもの目的や結果、自分にかかる負担も同意できないのに、何かを強いられて、結果を出した後にみんなに褒められ、
(みんなが喜んでくれたからよかった!)
と思ってしまう。。。

その結果、周りも変に期待が膨らんで、どんどん要望が出る。
で、引き受ける方も
(この前もやったし、みんなが喜んでくれるなら、、(次も褒めてほしい、、))
と思って引き受けちゃう、みたいな。

 

【善意による負のスパイラルの流れイメージ】

何かを引き受ける→みんなが喜ぶ→自分も一瞬嬉しい→周りの期待が膨らむ→要望が大きくなる→もっと大変なことを引き受ける→みんな喜ぶ→一瞬嬉しい→周りの期待がもっと膨らむ、、、

 

PTAとかママ友関係で病んじゃう人って、こういう心理の人もいるのかなぁと体験できました。

 

で、調べてみたら、東洋経済で面白い記事がありました。

toyokeizai.net

PTAの校庭解放を辞めるとか、、素晴らしい。善意の活動はそうあるべきだと思います。


なので、保護者の出し物みたいな軽いものから、PTAに話のメインが移っちゃって変になってますが、振り返りに立ち返って、今回の気づきは、以下。

①期待された役割についてイヤならイヤだと言おう。

②でもたまには、あえて挑戦してみよう。

③やってる間は、なるべく楽しんで前向きにやろう。

④イヤなことをやった後は振り返ろう。

⑤続けるのか、もうやらないのか表明をしよう。(善意による負のスパイラルに巻き込まれないようにしよう。)

 

新年度を迎え、公私ともにいろいろな役割の変更がある時期ですね。心と体の健康を保つために、しっかり意思表明しましょう。(したいと思います。)

 

※なお私は、個人的に、未就学児に対する仰々しい卒園式@休日開催に参加したく無いですが、一定の年齢を経た上での入学式や卒業式は子ども達に節目を伝えることが出来るので意味があるんじゃないかと思っています。

 また、未就学児に対する仰々しい卒園式が親・保育者のマスターベーションではないかというのは、親としての私個人の感覚であり一般的な真偽のほどは定かではありません。仮にそれに一定の妥当性があったとしても、巡り巡って子どもの保育に資するという考え方もあると思いますので、卒園式そのものや、それを楽しまれる方々を否定するものではありません。ただ、私が巻き込まれたくないだけです。


以上です。